愛しさとせつなさと心強さと
次界・・・
そこは希望の地であったはずなのに・・・
「次界って、どんな所かしら?」
フッと、溜息のように誰とはなしに尋ねてみる。
が、オアシス天如の側にいるのはレスQ天女だけである。
「ダム神達から聞いた話では、天使も悪魔もお守も、みんなが争いもなく、平和に暮らせる世界だって云っていたな。でも…」
言葉が消える。
本当に信じていた。
次界創造主であるヘッドロココ様が、次界に辿り着けば闘いが終ると!
しかし、実際はその次界創造主であるはずのヘッドロココは、次界到着と同時に消滅。
そして次界を巡り、更に戦いは激しくなっていた。
「大丈夫かな? あいつ…」
フッと言葉をもらす。
「そうよね…」
思う事は誰もが同じ、愛しい天使の事。
「あいつ、わりと冷めていて冷静に見られるけど、結構熱血なんだよな。時々信じられないような事やっちまうからなぁ…」
「彼も、一見真面目そうに見えるけど、すっごい大ボケなのよね…」
二人揃って溜息をつく。
「それじゃ、そろそろおれは帰る。まだ、やる事があるからな。またな!」
「うん。またね」
立ち去って行くレスQにオアシスはヒラヒラと手を振った。
何をするわけでもなく、ただ一日一回会っては、二人一緒の時間を過ごしていた。
とりあえずの話題は、次界の事。
そして、大切な天使たち・・・
レスQが去ると、深い溜息をつく。
「伝説なんて本当にアテにはならないのね。何よ!次界は天使も悪魔もお守も、みんなが仲良く平和に暮らせる所だなんて、嘘じゃない。実際は、戦場。おまけに情報はムチャクチャ。少しは待っている方の身にもなって欲しいものよ! ホントーに、一本釣のバカーッ!!」
一番文句を云いたい。
一番近くにいて欲しいのに、一番遠くにいる相手。
その相手、一本釣がいるだろう方向、西に向かって思いっきり叫んだ。
「えっ? 何の事?」
「・・・!?」
突然、後ろから声が掛けられる。
「・・・?」
どこかで聞いたような声ではあるがまさかと思い、何故か自分自身で笑ってごまかす。
「俺って、そんなに信用なかったのか…」
がっかりした感じでポツリと一言。
「えっ? えっ? えっ?」
パニックに陥る。
天聖界には絶対いるはずのない天使の声が、後ろから聞こえる。
直ぐにでも振り向きたいが、もしかしたら空耳かも知れないし、と思ってしまう。
「そうよね。そう、空耳よね。この忙しい時に先頭に立って指示する天使がこんな所にいるわけないのよね。うん、ただの幻聴」
一人、納得する。
「・・・あの~」
「・・・!!」
やっぱり、聞こえる。
「もっ、もしかしてレスQ天女でしょう? 驚かそうと思って、一本釣の真似なんかして…」
レスQの冗談だと思い、意を決めてクルリと振り返る。
「…やっ、やあ! 元気だった?」
元気のない言葉と共にその場にいたのは、やはりレスQではなかった。
「どっ、どうしてあなたがここにいるのよ!」
「どうしてと云われると困ってしまうが、早い話が少し休みが取れたからそれでね。昔はかなり時間が掛かったけれども、今はウィングパス流のおかげで直ぐに来られるようになったよ。それにしても、思った以上に元気そうで安心したよ。それじゃ、そろそろ時間だから失礼するよ。近いうちに次界に来るんだろう? 待ってるよ! じゃあな!」
「・・・」
一人、云いたい事を云い終わると、さっさと天聖門の方に向かう。
オアシスはただポツンとその場に取り残される。
「一本釣のバカーッ!」
「えっ?」
後ろからの罵倒に足を止めて振り返る。
「本当にいつもいつも一人で勝手にしてるんだから! 私の事なんてついでの用事としてここに来たんでしょう!」
「違うよ」
「違わないわよ!」
いつも間にか、目には涙が溜まっている。
「どうしてあなたが戦わなくちゃいけないの? 次界は戦いのない世界でしょう? 間違っているわ。本当に…」
今まで燻っていた気持ちをぶつける。
一本釣は静かに近付いて行く。
「ごめんな。今の俺にはこれしか云えない」
「・・・」
いかにも不慣れだといった感じでハンカチを取り出し、オアシスに渡す。
受け取ったオアシスは涙を拭くわけでもなく、ただ両手で握り締めて顔を下に向ける。
「う~ん、君の云う通りだと思うよ」
「・・・!」
「俺だってまさか次界で戦うとは思わなかった。やっぱり間違っていると思うよ。だからと云って戦いを止めるわけにはいかない!」
オアシスもその事は良く分かる。
ここで戦いを放棄したら今までの事は、次界を目指し辛く苦しい旅は何だったのか?
大切な仲間を失いながらもここまで来た事すべては無意味になってしまう。
次界を戦場にしたのは過ちだろう。
しかし、もう引き返せない所まで来ている。
「あっ、でも悪い事ばかりじゃないよ! もしかしたら、もうすぐロココ様が復活なされるかも知れないんだ。そうしたら、この戦いも早く終るかもしれない」
「それ、ホント?」
「ああ、本当だ」
良くない事ばかり伝わってきたが、その中で唯一とも居える明るい話題。
「そろそろ帰るか。ロココ様の復活関係でやる事がたくさんあるからな」
「気をつけてね」
「次界に来るんだろう?」
「うん…」
「待ってるよ」
少ない会話ではあるが、二人にはこれで十分であった。
一本釣はそっと飛び立ち、天聖門に向かった。
オアシスはその場で見送った。
「必ず、信じているから…」
彼女のまわりを優しい風が吹き抜けていった。
1994 10/12
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