君が好き。
「何のつもりや?」
「無自覚なのが悪いと思うんだけどなぁ・・・」
「意味不明な事をぬかすな」
「・・・・・・・・・えへっ❤」
「何笑ってるんや? とっとと・・・どかんかい」
次の瞬間、小気味良い音が部屋どころか草晴寺の境内全体に響き渡った。
選抜大会終了後、成樹は京都から東京に戻ってきていた。
しかし彼が草晴寺に戻ったとき寺の住人は、みんな出払ってしまっていた。
住職である和尚は年甲斐もなくというか、檀家とのコミュニケーションが大事だと云う書き置きだけを残し、町内会の一泊二日の温泉旅行へ。
成樹以外の居候三人も和尚と一緒に町内会の旅行に同行したのではないのだが、成樹とは入れ違いに出かけてしまいこれまた二、三日は戻って来ないと云う。
「なんや、せっかく帰ってきたのにつまらん・・・」
せっかく和尚が食いたいと云うとった老舗の京菓子、買うてきたのにと、ブツブツ文句を云いつつ部屋に戻る。
久しぶりの自室なのだが、なにもする事がないのか蒲団にゴロンと転がり不貞寝をする。
だが福島・京都・東京と強行スケジュールで疲れが出てきたのか、成樹はそのまま本当に眠りこんでしまった。
しばらくして何やら人の気配を感じて目を開ける。
と、成樹の目の前にあったと云うのか、いたと云うのか、とにかく満面の笑みを浮かべた藤代の顔がそこにあった。
しかも藤代の体勢は、成樹の顔を横から覗き込むようなかわいいものではなく、どう見ても押し倒したような感じで成樹の身体に覆い被さっていたのだ。
成樹はおもいっきり不機嫌そうな表情をすると藤代をにらみつけて一言。
「何のつもりや?」
「酷いなぁ・・・せっかく久しぶりの再会を喜びあおうと思っていたのに・・・」
成樹に殴られた部分を両手でさすりながら藤代は渋々成樹の蒲団の上から降りていく。
それでも今やトレードマークのようになった、本当は邪気に溢れているのにまったくそんな事は微塵にも感じさせない無邪気な笑顔を成樹に向ける。
向けられた笑顔に成樹は顔を背けて一言。
「何抜かす! 久しぶりってついこの間まで選抜大会でJビレッジに一緒におったやないか!」
「あーそれって、佐藤によ~く似た『藤村成樹』って人のコト? でも、俺が会いたかったのは『佐藤成樹』の方だもんね❤」
「・・・・・・・・・」
妙な理屈をつけて反論する藤代の言葉に成樹は言葉を失う。
『佐藤』だろうが『藤村』だろうが俺は俺なのにと云おうとしたのだが、藤代相手にそこまでむきになる必要があるのかと考えると微妙に虚しくなり、小さなため息を着いてしまった。
そんな様子の成樹の事を分かっているのかいないのか、藤代は本当に再会を喜んで満面の笑顔を刺激に送り続けていた。
しかし、
「それにしても酷いよなぁ・・・」
当然藤代の同意を求めるような言葉。
口調に変更に成樹は思わず藤代から背けていた顔を元に戻してしまう。
「あっ! こっち向いた❤」
「・・・・・・・・・」
さっき以上の満面の笑みを浮かべ、成樹にじゃれついてくる藤代。
「うっとうしいわ! 用が無いのならとっとと帰れや!」
なかばヤケクソのような感じで成樹が云い放った途端、藤代は意味深的な笑みを浮かべて成樹に近づいてきた。
「ホントに『用事』済ませちゃっていいの?」
「・・・・・・・・・えっ?」
一瞬、何の事を云われたのか成樹は答えに詰まってしまう。
が、次の瞬間顔を真っ赤にして藤代の顔だけではなく身体ごと押し返した。
藤代の自分に対しての『用事』と云うものがどんな内容か充分にわかっていた。
成樹だって例え相手が藤代と云えども好きだと云われることに関して悪い気はしない。
『佐藤が好き❤』
このセリフに関しては迷惑していると云えば迷惑しているのだが、別に害があるわけではないので藤代が云ってきても勝手に云ってろといった感じで成樹の方はいつも無視している状態に近い。
だがその『好き』がどの程度のものなのかと云う事が問題だった。
とてもお友達レベルとは思えないスキンシップの連続。
成樹に隙あらばキスまで仕掛けてくる。
さらに体格では多少負けているかも知れないけれども、決して腕力では負けていないはずの藤代に成樹は何度か押し倒されそうになっていた。
当然その先に意味することも必然的に分かると云うもので、藤代の成樹に対しての『用事』と云えばこの事を意味しているのである。
「無理強いはしないよ!」
「無理強いであろうがなかろうが、冗談もたいがいにしろや」
成樹に押されるがまま、藤代はおとなしく成樹から離れていく。
「冗談じゃないよ。ホントに俺、佐藤の事好きだもん。絶対入るはずのあのシュートを止められたときから俺、すっと佐藤が・・・」
「ストッープ!」
「佐藤・・・?」
「そんな口説き文句、男の俺じゃなくて女の子に向かって云いや。武蔵森のエースストライカーなら一発でOKや。練習やったらいくらでも付き合うたるさかい、今日はもう帰りや」
成樹はわざとらしく蒲団から立ち上がると藤代を送り出すような態度をとる。
いつもと同じ。
いつも藤代が真剣に成樹の事を好きだと云い始めると決まって成樹は冷めたような態度になりその場から離れようと、いや逃げようとする。
最初はその態度が意味する事が藤代には分からなかった。
照れ隠しだろうぐらいにしか思わなかった。
しかし、選抜大会で久しぶりに再会してその理由が分かった。
なぜ関西選抜にいたのが『佐藤成樹』ではなく『藤村成樹』なのかを。
「俺は・・・」
「・・・・・・・・・?」
「俺は『佐藤』だろうが『藤村』だろうが別に関係ない。目の前にいるあんたが好きなんだ。他にも好きな人はいるけど学校の友人とかサッカー中身ぐらいで、その中でも佐藤は俺のなかでは特別なんだ」
「だから?」
「佐藤が好き」
「なっ・・・」
藤代は成樹に突然抱きついてくる。
突然の事にいつもながら成樹は逃げることも交わすこともできず藤城に摑まってしまう。
「遊びとか冗談で佐藤の事を好きだなんて云ってるつもりはないから。サッカーと同じ位真剣に佐藤の事も考えている」
「・・・・・・・・・」
藤代の真面目で真剣な言葉に成樹は何も云えなかった。
成樹も藤代の態度はともかく言葉に対しては冗談めいたものを感じたことはなかった。
真剣に自分の事を『好き』なんだと分かってはいる。
しかし成樹には藤代の気持ちを素直に受けとめることはできなかった。
最初の頃は。
しかし現在は少しはと考えるぐらいの気持ちには傾いてはいる。
この一年、いろんな事が起こったおかげで。
しかし、
「・・・・・・・・・藤代・・・」
「なに? 佐藤」
いつになく少し弱々しいと云うかおとなしめの成樹の声に藤代はやっと自分の本心が伝わったと思ったのか、弾んだ声と満面の笑顔で成樹の顔を見下ろした。
成樹は少し顔を伏せていて藤代からは表情が分からないが、小さく深呼吸をしている。
「さと・・・う・・・・・・・・・」
藤代が成樹に呼びかけた瞬間、藤代は再び藤代をおもいっきり引き剥がしはじめた。
「きょうはこれで終わりや。早う帰らんと寮の門限に間にあわんで」
「さっ・・・佐藤」
にっこりと満面の極上の笑みで成樹は藤代を部屋から追い出して玄関に追い出していく。
藤代としては『ヤッタ!』と思った後だけに狐にでも摘まれた感じでたいした抵抗もなく成樹に追い出されていく。
そして玄関。
藤代は小さく手を振ってお見送りしている成樹に有無を云わされず送り出されていた。
これで次にこの寺を訪れる事ができるのか、予定が立てられない藤代は大きなため息をつく。
それでも良い意味であきらめの悪い藤代は玄関を出たところで成樹の方へ振り向いた。
「―――」
そこにはまだ成樹が立っていた。
いつも、藤代が振り向いた時には消えている成樹が今日はまだいるのだ。
「・・・あの・・・佐藤・・・」
「また、明日な」
「明日?」
「そう、明日。どーせ明日もくるつもりなんやろ?」
「・・・・・・・・・」
その気はあった。
でもこれまたいつも、次の日藤代が来たときには成樹は出かけていて寺にはいない事ばかり。
それが成樹の方から『明日』と云っている。
藤代はダッシュで成樹の元に駆け寄っていく。
「なっ、なんや」
「明日、絶対来る! 練習さぼっても来る。試合があっても来る」
「ふっ・・・藤代・・・」
両手を握り締め力一杯宣言する藤代。
そんな藤代を見て成樹は軽い笑みを浮かべた。
「ああっ、待っとる」
「ホント」
藤代は成樹の笑みと言葉に有頂天になる。
が、次の瞬間それは束の間の幻となった。
「ポチやたつぼんたちも明日来るし、みんなで楽しも!」
「・・・・・・・・・」
風祭や水野たちも明日来る?
藤代はがっくりとうなだれると元気に駆け寄ってきた道程を、今度は重く暗い足取りで歩き始める。
そんな藤代を見て成樹は苦笑いを浮かべる。
そして何か思いついたのか、まだ手の届く距離にいる藤代の肩に手を置いた。
「・・・うん・・・?」
藤代は条件反射的に手が置かれた肩の方に顔を向ける。
「―――」
振り向いた先には成樹の顔があって、そして頬に何だか優しい感触が一瞬した。
「じゃあ、明日な・・・」
少し顔を赤いような成樹はぶっきらぼうに云うと部屋へと小走りで戻って行く。
「・・・・・・・・・」
藤代は今、いったい何が起こったのか分からず立ち尽くしていた。
だが成樹が触れた頬に手を当てると、じんわりと嬉しさが込み上げてきた。
頬に間違いなく今、成樹から自分にキスしてくれた!
藤代の方からあっても―――もちろんすべて問答無用の突然である―――成樹の方からは一度もない。
「ヤッター!」
藤代はその場で飛び跳ねて喜んだ。
そして成樹の部屋の方に向かって、
「また明日! 絶対くるから!」
そう云うと足取りも軽く武蔵森へ帰っていった。
成樹は自室の窓からその様子を少し赤くなった顔で見送っていた。
やがて藤代の姿が見えなくなると小さな声で一言だけ呟いて窓を閉めた。
「・・・・・・・・・アホや。でも・・・・・・・・・」
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